若き獅子〜西城秀樹さんへ捧ぐ


5/16
西城秀樹さんが逝去されました。

あまりにも突然の訃報に、涙が止まりません。

私の父・大本恭敬は、皆さまもご存知の通りヴォイストレーナー®の
第一人者として、日本の歌謡界の黄金時代を築いた大スター1500名を
発掘、指導、育成しました。

そして西城秀樹さんは、なんと言っても父の一番弟子さんでした。

1971年。
デビュー前から我家での猛レッスンが始まりました。
広島から上京し、当時まだ高校に通っていた少年時代の秀樹さん。
父の厳しいレッスンに、涙したこともあったと、後にインタビューで
答えておられましたが、本当に全身全霊でヴォイストレーニング®を
叩き込まれていた姿を覚えています。

 

背が高くて、格好よくて、王子様のような秀樹さん。
お人柄もやさしくて、おちゃめで、男らしくて。
お茶の間のみなさんが見ていた、抱いていたヒデキ像そのままを貫き
通してくださった方です。

 

デビュー後は、あっという間にスターダムを駆け上りました。
新御三家として芸能界をリードしていき、アイドルの武道館リサイタル、
大阪球場コンサートも、ファンにペンライトをふって応援してもらうの
も、歌の合間に合いの手を入れたり、お客さんと一緒に踊ったり。
先駆者という言葉がぴったりでした。
いつも、楽屋に遊びにいかせてもらって、流れる汗をタオルで拭きなが
ら、握手してくれたり、頭をイイコイイコしてくれたり。

テレビ朝日で放送していた「ベスト30歌謡曲」という番組には、毎週
スタジオに連れて行っていただいた記憶があります。

 

私にとっては、お兄ちゃんような存在。
そして、世界で一番、憧れていた方でした。

 

小学生なのに定期入れや下敷き、バインダーに秀樹さんのプロマイドを
忍ばせて、コッソリ見ていた授業中。

 

上の写真のシングルは、すべて秀樹さんからいただいたもの。
たぶん、タイトル言われただけで、全曲歌えるんじゃないかな。
レコーディングが終わり、プレスがあがると真っ先に持ってきてくださ
って、大きなポスターに「京ちゃんへ」とサインをしてもらい、お部屋
に貼っていました。

 

それを見て、レッスンに来ていた郷ひろみさんが、
「お嬢さんは秀樹君のファンなんですね……」
と、肩を落として拗ねてしまったというエピソードも。
今では良い思い出話です。

 

海外のオシゴトからの帰りには、素敵なおみやげをいただいたり。
秀樹さんがはめていたブレスレットを外しながら
「大きくなったらお嫁さんになってもらおうかな〜」
と笑って、おちびちゃんだった小学生の私に言ってくれました。
あ〜夢のような瞬間でした。

 

おませだった私にとって、ヒーローは秀樹さん。
どれもコレも懐かしい思い出です。

 

秀樹さんの公式サイトにもありますが

「大本恭敬師に基本からもう一度再チェックしてほしいとのオファーを
したが、師いわく『もう教える事など何もない、その姿勢があればいい
んだ』といわれ近年の歌唱に疑問を抱いていたHIDEKIに自信を取り戻
させた。師は師である。」
こんな素敵な師弟関係でした。

 

2度にわたり、脳梗塞で倒れられましたが、必死のリハビリに耐えて、
最後までステージに賭けた。
ありのままの姿を見せることもいとわず、麻痺するカラダで力いっぱい
最後までステージに立った姿は忘れられません。

今はただ、秀樹さんのご冥福を心からお祈りいたします。
たくさんの愛と希望と夢をどうもありがとうございました。

秀樹さんへのラブレターみたいになってしまいました。
どうぞ、安らかにおやすみください。

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