声の持つ果てしない力


アメリカ留学時代、休みのたびにニューヨークのメトロポリタンオペラに
足を運び、毎晩学生専用のような一番うしろの安い席、ある時は立ち見で、
世界の巨匠の舞台を拝聴しました。

1983年には、メトロポリタン歌劇場創立100周年「センテニアル・ガラ・
コンサート」で、バーンスタイン指揮のパバロッティという、夢の共演も
見たり、あとになってですが世紀のコンサートだったと知り、大変恵まれ
た環境に身を置いていた事に感謝するばかりです。

私はクラシック出身ではないので、時々スタジオでCDをかけて聴いてる
程度のもので、あまり詳しくないのですが、昨日スタジオで、ある一曲を
じっくり味わいながら聴く機会がありました。
「プラシド・ドミンゴさん」。

目を閉じていると、広げた羽根が空気の抵抗を利用して地上に舞い降りる
ような、その羽根からの風さえもが感じられる力強くも柔らかな歌声。
ラテン語の歌詞なのに、聴いているだけで物語を感じるのはなぜでしょう。
次々にドラマチックな展開を感じながら、聞き終わったあとは言葉があり
ませんでした。
ドミンゴさんの歌声は、しばらく私の頭、耳、胸...心に残響しており
ました。

アメリカの学者の論文にあった言葉を引用しますと『言葉の内容によって
相手を説得出来る部分は17〜18%程度しかなく、あとは声や話し方、表
情やしぐさなど相手の感性に訴える力によるもの」とあります。
これは対人関係に於いて、いかに「声が大切」かということを物語ってい
ます。

歌もまったく同じです。

人間の顔に表情があるように、声にもその時々によって、多種多様な表情
があります。
そして、訓練によって磨き上げられた声は十分な説得力を持ち、聞く人々
を完全に魅了していくのです。

テクニックとかそういうことだけではなく、天性の声も含め、磨き抜かれ
た声、絶対的な存在感があって、世界の頂点に立つのだと思います。
好き嫌い、人の評価もさまざまですが、私はやはり、声の魅力に尽きると
思うのであります。

また、生涯音楽を生業にするものにとって、すばらしい音楽の数々に触れ
るたびに、何を感じ、何を発見するか。
どれだけ多くの発見があるかが、伸びしろのような気がしています。
そして、感性を磨き続ける事は、表現者にとって何よりも大事なことだと
痛感しております。
これだけは、教えられて身に付くものではないのです。

仲間とともに、そういうことを強く実感した有意義な時間でした。

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